| 第1章 デオドラントの歴史 1、香料 香料とは、香りを鼻と皮膚の感触で味わい聞くことであり、ふんこう焚香(incense)、化粧(cosmetics)、香辛料 (spice)とに分けられます。これら香料の歴史は世界史とリンクしており、特にアジア・中近東・アフリカと密接に関 連しています。アジアでの香料の歴史がなければ、ヨーロッパの歴史は存在しなかったと言っても過言ではないでしょ う。現在の香料には 、パフューム ( perfume )、オードトワレ、オーディコロンなどがあります(ほとんどが人工合成 香料です)。パフュームの語源は、ラテン語の「 per fumum (煙を通して)」からきています。芳香樹脂を燃やし、 立ち上る香りを神に捧げる、信仰儀式の一部だったのでしょう。その後、香料を焚きこむことにより香りを体につけ始 めこれが定着したのです。 |
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| このように人類初期の文明の中に見いだすものは、神に対する畏敬の念と、香りを神に捧げ る(神を喜ばせる)純粋な姿のように思います。また「アラビアン・ナイト」や「オウム七十話」、その他インドの説 話をみても、香料がいかに生活に密着していたかがわかります。宗教上の祭祀品として、また呪術的な要素も含まれな がら、香料は全世界へと波及していったのです。 インドは香料の使用が古く、キリストの誕生する何世紀も前にまで遡ることができます。インドには香木としての樹木 や草が多くあり、びゃくだん白檀やシナモンなどの香辛料が豊富に採れる土地でもありました。例えばインドで最も多 いとされるヒンズー教徒は、聖なる建物を立てる際に白檀を用いました。また礼拝にも欠かすことができないものとし て、重要な位置を占めました。白檀については、紀元前5世紀以前に書かれた書物にも、その名前が記されているほど です。また紀元前6世紀頃はバラモン神学の隆盛時代であり、王侯や貴族のための性典(カーマスートラ)が、彼らの 生活に大きな影響を与えました。秘薬なども記されており、気候の厳しいインドで、王侯や貴族らがバラモン神学の教 えを守るためにも必要なものでした。これら香料や薬についての知識は単なる性典としてではなく、近隣諸国にも影響 を与え、特にアラビア医術に大いなる影響を及ぼしました。当時のインド、アラビア、エジプトの医術は非常に高水準 であり、このアラビア医術が、後世ヨーロッパ医術の基礎となったのです。 クレオパトラに抱かれたシーザーは、 全身くまなく体毛を取り香油を塗っていました。砂漠気候のエジプトでは、香 料なしでの生活はなく、当時世界一の香油消費国でもありました。あのクレオパトラは岩塩ソーダで体を洗い、垢落と しに白粘土を用いました。その後にゅうこう乳香でマッサージをし、香料をふんだんに塗ったようです。香料がクレオ パトラの美しさと魅力をますます高め、芳香とともに人々の記憶の中に漂ったのかも知れません。 一方ローマ市民の中でも比較的裕福な女性は、絹やべっこう鼈甲と真珠で体を飾り、インドの香料を使って体じゅうに 化粧をしました。またにゅうこう乳香を焚いて部屋中に香料を満たし、刺激のある香料、特にこしょう胡椒を愛用して いました(主な香料はにゅうこう乳香 やもつやく没薬 、にっけい肉桂 であり、これらはふんこう焚香、化粧料、薬品 として利用された)。こうしてローマ人の金の大半は、香料を得るため海外に流出するくらいでした。またこれを証明 するように、インド南東のチェンナイ(マドラス)の海底では、古代ローマ銭が多数発見されています。 香りの原料は、天然香料と合成香料の二つに大別されます。天然香料のうち、動物から採れる香料成分は香りを作る うえで、重要な役割を担っています。その代表的香りには、じゃこう麝香やれいびょうこう霊猫香、りゅう龍ぜんこう 涎香などがあります。またまっこうくじら抹香鯨からはさいこう臍香、りゅう龍ぜんこう涎香が取れます。これら動物 性香料は人類が発見した香料の中で最も高価でもあります。そのままではビックリするくらいの悪臭ですから全て希釈 し、混ぜものとして利用します。また薬品としても用い、化粧品や精力剤としても使用されました。その他にもカスト リウム海狸香(ビーバーの香料)など、多くの動物性香料があります。(図 ) ■じゃこう麝香 ジャコウジカの牡の生殖腺から分泌される物質で、芳香がはなはだ強い。興奮剤や鎮痙剤などの薬料としても使われた。 ■れいびょうこう霊猫香 シベット・キャットの肛門部にある、嚢や腺から採取する分泌物のこと。見た目も悪く不快な香料だが、十分に希釈し て用いた。 ■りゅう龍ぜんこう涎香 まっこうくじら抹香鯨の腸内にある分泌物で、腸内にできる結石の一種。これを鯨が排泄して、熱帯の海に浮遊した灰 色大理石模様の物質。その形状から、当初は琥珀(アンバー)とも呼ばれた。おもに他の香料に混ぜ、香りを長持ちさ せるために使われた。 ■薔薇 香料は甘美、艶麗な香料。花から採れる香料の中で、世界一高価なものとされる。マリー・アントワネットも薔薇の香 料を好んで用いたともいわれている。 ■百合 香料は甘美、艶麗な香料。 ■じんこう沈香 清楚、優雅、幽玄な香り。緩下剤や駆虫剤としても使用。日本の寺院などで香をたく場合に、沈香が用いられること が多い。 ■びゃくだん白檀(サンダルウッド) 清楚、優雅、幽玄な香り。王侯の屍体の腐敗防止などにも用いられた。 ■にゅうこう乳香 焚香料として重宝された。また屍体の防腐処置や宗教儀式に、多く用いられた。 ■もつやく没薬 刺激的な香料で、薬品や防腐剤、化粧料として使用。 ■りゅうのう竜脳(カンフル) 口腔・清涼剤、防虫剤として使用。現在でいうしょうのう樟脳のことで、香水としては使用されない。 ■ちょうじ丁字(グローブ):カレーの香辛料や、タバコにも使われているもので、古来より香辛料や生薬として使 用。甘酸っぱい香りがする。 ■しょうずく小荳 (カルダモン):ショウガ科で丁字とともにインドの代表的なスパイス。媚薬としてだけではなく、 健胃・強壮薬、防腐などの効果もある。 ■ういきょう茴香(フェンネル):体内から熱をとる作用や消臭作用がある。また体内に寄生する虫の駆除剤として も使用。 ■にっけい肉桂(シナモン) 暑気を防ぎ、健胃剤やその他の薬品として使用。 |
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植物性のものには薔薇、じんこう沈香、にゅうこう乳香、きゃら伽羅、りゅうのう竜脳、びゃくだん白檀、にっけい肉 桂、しょうずく小荳、ちょうじ丁字、ういきょう茴香などのハーブ類があります。とくに花の女王といわれる薔薇は、 その美しさだけでなく、最高の香りをも放ち、人々から愛されてきました。 温帯地方、乾燥した熱帯地方や多雨多湿な所では、動物性香料と植物性香料が併用して使われました。油脂(ラノリン 酸)と混ぜることで体臭と調和させる必要があったのです。また肌荒れを防ぎ、ワキガ(腋臭)を消す作用や、体温の発 散を図る目的もあったようです。体や心のけがれ(穢)を防ぐものでもあったのでしょう。甘い上品な香りを持つスミ レは、薔薇に次ぐ人気の香料でもあります。他にもジャスミンや果実類、ユーカリの葉など数え切れないほどです。 香水は香りの作法であると同時に、体臭と調和する下着のようなものです。その体臭を消す香料の一つに、ラベンダー (lavender)があります。ラベンダーははっか薄荷(ミント)の仲間で、乾燥させて下着箱に入れたり、香り袋に入れ て身につけたりします。古代ローマ時代、貴族は浴場に大量のラベンダーを浮かべました。それはラベンダーが神経を 和らげる(鎮静効果)とともに、美食のために疲労した内臓に効果があると信じられていたからです。また揮発性の成 分は体臭を消す作用もありました。そうした理由から、ラベンダーは現代でも香水、オーディコロン、石鹸に使用され ています。 また1800年頃、チュ−ベローズ(tube rose)という花が女性たちに愛用されました(メキシコ原産のオランダ水仙)。 チュ−ベローズは月下香、イエライシャン夜来香(日本での俗名)とも呼ばれ、日本にもなじみのある香料です。その 名の通りチュ−ベローズの花は、夜の11時頃になると強く、艶麗な香りを放ちはじめます。しかし夜明けが近づくに つれて次第に香りを失い、日の出頃には全く香料を失ってしまいます。別名「月下美人」とも言い、ご存知の方も多い かと思います。 |
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| 2. 東西の入浴 昔から中近東の人々と日本人は、入浴する習慣があります。特に中近東では宗教上の理由から、清潔にすることが絶対 に必要なことでした。ですから薔薇水でできた化粧水で口中を清め、体に自然の香料をつけることはごく当たり前のこ とだったのです。 紀元前4世紀頃、ギリシアではすでに公衆浴場ができ、木灰と粘土をこねたペースト状のものを体に塗って、金属のヘ ラでこすりながら垢を取り除いていました。風呂屋は今でいう文化センターでもあり、講演会場や体育館などを備え、 市民は貧富を問わず銅貨一枚で楽しんだようです。またローマ人も風呂好きであり、カラカラ皇帝が大浴場 を作った記 録も残っています。 一方、中世ヨーロッパでは、下着を替え、入浴することが罪悪とされました。ですから入浴習慣は完全に無くなり、浴 場も廃止されました。おまけに下水道は未発達でトイレはなく、部屋に銅製の尿瓶やオマルを置き、毎朝道路に汚物を 捨てていたのです。その結果、ノミやシラミ、南京虫はヨーロッパ中で増え続けていきました。16世紀まで、ヨーロッ パは清潔についての暗黒時代であり、美容の知識が退化した時代でもありました。入浴することと、体臭を防ぐことを ヨーロッパ人が考え始めたのは、19世紀になってからのことです。ちなみにヨーロッパ伝統色に「ピュースレッド」と いう鮮やかな赤色があります。彩度は少し暗いようですが、「ノミの血赤」という意味で、当時はそのくらいノミが多 かったのです。 |
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日本では聖武天皇時代から、釜風呂や蒸し風呂がありました。 なたまめ鉈豆の油分からとれる石鹸状のものや粘土を使っ て、髪の油分などを洗い流したようです。江戸時代になると 大衆風呂が隆盛を極めました。洗顔にはこめぬか米糠を利用 し、小袋に入れて使っていました。ブラッシングも静電気を 帯びないつげ黄楊やべっこう鼈甲の櫛を用いました。 石鹸のことを江戸、明治、大正時代はシャボンといいましたが もとはさぼてん仙人掌からきていると言われています。それは 観賞用であったサボテン(シャボン)が、汚れを落としたこと に由来しているのです。昔はサボテンの切り口で畳の汚れを拭 いたり、体を洗うのに使っていたのだそうです。 |
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